どんなことをしていく?
このサイトではいろいろな記事を掲載していくつもりなので、カテゴリーを大きく3つに分けました。
「破、グル」について
「破、グル」というタイトルは音がどこか気持ち悪くて素敵だなと思って名付けましたが、意味もあります。破は文字通り破壊のことですが、グルはグルーヴの略です。
グルーヴとは何か。ノリのことであると一般的に言われますが、個人的には微妙なズレが本質であると思います。機械的に刻まれたリズムからは生まれない人間的なズレ、それがグルーヴという形容し難い独特の空気感となるようです。淡々と刻まれるリズムから少しだけズレてみて、そこで何かを見つけたい。
グルーヴはひとりの演奏だけから生まれるものではないと思います。
あなたと私で、このサイトに関わる全ての人で、絶妙なズレを生み出したいです。
「壊して、創って、踊ろう。」について
これは今私が望んでいることをそのまま言葉にした標語です。
今まではただ待つように、自分に変化が起きることを期待していました。
しかし何故か、そこで得られたのは”反動的な力”だけだったように思います。
反動的な力というのは徹頭徹尾、受動的かつ否定的なものです。反発するだけで何も創造せず、気持ちよく踊ることすらも阻んでしまう。
そんな反動的な力と決別することを決めた今、受動的にではなく能動的に世界と関わり、創って踊るためのサイトを作りたいと思ったのです。私だけでなく、このサイトに関わる全ての人が創って踊るためのサイトを。
最後に
番外編 「壊す、創る、踊る」
壊すことについて
”深く憂慮する人たちは、今日こう問う。「人間は、いかにして保存されるか?」と。だがツァラトゥストラは、唯一かつ最初の者として問う。「人間は、いかにして超克されるか?」と。(…)おおわたしの兄弟よ、人間において私が愛することのできるのは、彼が過渡であり没落であるということ。そして君たちにも、私に愛と希望を抱かせる多くのものがある。”
白水社 ニーチェ全集 第Ⅱ部 第一巻 ツァラトゥストラはこう語った (Ⅳ 高級な人間) 薗田宗人訳
ツァラトゥストラと深く憂慮する者は、私たち自身の中にも存在している。
「人間が過渡であるように私も過渡であり、私には愛と希望を抱かせる多くのものがある」と考える自分がいる。
一方で、「私は、いかにして保存されるか?」と問い直す自分もいる。
それらはどちらも必要なものとして確かに存在するものの、定住によって安定した生活を営む私たちには、保存の欲求が超克—すなわち変化の欲求に勝っていることが多い。
なるほど保存の欲求は私たちを安全な場所へ留まらせてくれるが、変化を志向するときには強大な恐れとなり、私たちを抑圧する。
たとえ変化を本能的に求めているとしても、保存の欲求からは簡単に逃れられないということである。
しかし変化の欲求が保存の欲求を上回り、破壊という否定的に響くこの行為を肯定的に受け入れたときに、本当の変化が始まるように私には思われる。それゆえに、保存の欲求、さらには自分を破壊する。
もちろんすべてを壊すわけではない。
すべてを壊すのは、自暴自棄に陥った人間の自己否定的な行為ではないか。
重要なのは、すべてを反動的な力で破壊し尽くすことではなく、保存の欲求を従えながらそれを乗り越えることだろう。
そのようにして能動的な破壊は行われるのだ。
創ることについて
踊ることについて
あとがき
偶然に身を任せるような、ただ踊るような、そんなところへ行きたい。
しかしながら今の私から出てきた文章は、変化と破壊への欲求が暴発したようなものだった。
これは私が過渡である証拠だろう。
段階的に踊り方を覚えていこうか。
