こんばんは、「破、グル」の管理人の津久井です。
キャンプのブームが落ち着いたこの頃、今度はメディアによって車中泊が多く取り上げられているように思います。
とはいっても、僕は車中泊をしているような車をあまり見かけないので、車中泊は言葉の知名度に反して実際に行う人は少なそうです。
理由としては、車で寝るという強烈なイメージが先行して、「なぜ車中泊をするのか」や「どんなことが体験できるのか」という詳しい情報が認知されていないことが考えられます。
ですのでこの記事では、そんな誰もが知っているが誰も知らない車中泊について、幾分かの考察と僕に起きたことを通じて、「なぜ車中泊をするのか」や「車中泊とは何か」について考えます。
最初に車中泊と一般的な旅行の違いを挙げていき、そこから車中泊の特徴を炙り出していきたいと思います。
- 費用 車中泊は交通・宿泊費がガソリン代と高速道路料金だけであるから、基本的には安い。
- 安全性 車中泊は人気の全くないところに行けてしまうため、安全性は低くなる場合がある。
- 計画性(準備)予約などがないため、最初に必要な道具を購入して準備をしてしまえば、どんなときでも出発できる。
- 計画性(現地)きっちりと計画して移動することもできるが、計画性を排除することもできる。
- 訪れる場所 車中泊では道路が通っていればどこへでも行ける。しかし、観光地は駐車場代が高くなる傾向にあるため、そういった場所には行きにくい。
- 非日常感 車中泊はキャンプと近い。自分で何をするか決め、普段寝ない場所で寝る。ホテルでの非日常感や癒しとは異なるものがある。
いかがでしょうか。
僕はこれらの中から、車中泊と通常の旅行の決定的な違いを「自由とそれに伴う不安」に見出しました。
これらは、相互に作用するとともに、善悪として簡単にとらえ切ることができません。
自由な旅としての車中泊
自由 他からの束縛を受けず、自分の思うままにふるまえること。(岩波国語辞典より抜粋)
車中泊では、上記の意味通り、他からの束縛を受けずに旅をすることができる。
これは間違いなく車中泊の良いところでしょう。
動き回ることもできるし、どこかに留まり続けることもできる。
どちらも素晴らしい体験を僕たちに与えてくれます。
ですがここで、自由についてもう少し考えてみましょう。
自由には、「自分で選択すると同時に、ある種自分で選択できない状況に置かれて、不安を抱えている」という側面があるのではないでしょうか。
自由と不安、そして偶然へ
私は、人間は自由の刑に処されていると表現したい。刑に処されているというのは、人間は自分自身をつくったのではないからであり、しかも一面において自由であるのは、ひとたび世界の中に投げだされたからには、人間は自分のなすこと一切について責任があるからである。
人文書院 J-P・サルトル 実存主義とは何か 51頁
このように自由とは、それすらもすでに選択不可能な形で背負っている物であるとも言えます。
さらに、自由を手にしている間も、選択できないものに自由を揺さぶられる。
例えば自由な車中泊でもこんな状況がありえます。「到着したけど、大したことないし思ったより時間がかかった」、「人が全くいなくて、ここで寝るのが安全か分からない」。
下調べをしても、このような周りの環境に左右される。少なくとも、不安は必ず付きまといます。
普通の旅行でしたら、向かう場所が良いところであると多くの人に保証され、計画性が不安定な要素をできるだけ排除してくれるでしょう。
それに比べて車中泊は、自由でありつつも自己責任で、何をするにも保証はありません。
思い通りにいかないことも多く、選択できない状況や偶然に左右されるのです。
しかし僕は、これが車中泊最大のメリットであると、胸を張って主張します。
それも、みなさんが予想可能なメリットを大きく超える形で。
偶然について
多少の知恵は、もちろんありうる。しかし、わたしが万物において見いだした、めでたくも確かなことはこれである。すなわち、万物はむしろ好んで、偶然の足で―踊る。
白水社 ニーチェ全集 第Ⅱ部 第一巻 「ツァラトゥストラはこう語った 」(Ⅲ 日の出前)
偶然。
それは僕たちの周りに存在しているのに、あまり感じることができないものです。
僕たちは起こったことに対して科学的であれ非科学的であれ、何かしらの理由を見出してしまう。それによってあらゆるものが改善可能であると考えてしまいます。特に自分に関わることで失敗すると落ち込み、自己否定をしてしまいがちです。
しかし、すべてが偶然だったのではないか?
今あなたがこのページを見ていること、僕が今この記事を書いていること、僕が車中泊を始めたこと、あなたが今の才能を持って生まれたこと。
言い方を変えるならば、どんな偶然であれ、偶然を肯定することが人生において肝要であったのではないか?
そんなことが言えそうです。
これは全てが偶然なのだから、どうでもいいということではありません。
全てが偶然であることを肯定的に受け入れ、そこで何をするのかということなのです。
偶然を肯定し、踊る。これがすべてであるように僕は思います。
さて、話がやや壮大になってしまったので、車中泊に話を戻します。
なぜ「車中泊」をするのか
車中泊は、偶然と出会う旅だから
旅というものは不思議なもので、良いこと悪いこと、すべてが強烈なものとして記憶に残ります。
非日常的な環境や状況がそうさせるのでしょう。
さらに、車中泊においては偶然が僕たちのなかで美しく響くのです。
計画性を可能な限り排除することで、偶然の中へ身を投げることができる。それも肯定的に。
良くないこと起きても、前に進まざるを得ない。するとその先で、何かを得てしまう。
それは人生における教訓かもしれないし、生き方に何ら関係のないことかもしれない。
たとえ悪いことばかりが続いても、それを経て僕たちは変化する。
そしてそれだけではなく、
何が起きるか分からないというのは、楽しいと思いませんか?
車中泊は”自由を取り戻す”ことだから
僕たちは生まれながらに自由な存在です。
けれど、世界はそんな僕たちの自由を無視するかのように、止まることなく動き続けます。
こと旅行や旅に限ると、SNSやテレビ、ウェブサイト、本、そして広告、これらは理想の旅を示してくれます。
そして僕らは、安定と引き換えに平均化と受動的選択肢を受け入れるのです。自分で選択しているようですが、それは選択させられているともいえます。
だからこそ、旅では自分の意志で選択をしたい。
車中泊は、そんな意志と自由を解き放つ旅です。
そして車中泊をしているときに、僕たちは能動的になります。
どこへ行くか、どこで寝るか、何をするか。
それらすべての責任を自分で持つ。何をしたって構わない。
そんな自由を謳歌させてくれるのが車中泊です。
そこで僕たちは自分が持っていた自由を取り戻すのです。
ところで、あなたは車中泊を拒否することもできます。
是非、何かしらを僕から奪い、僕を拒絶し、あなただけの旅を見つけてください。
それも自由です。
車中泊とは何か
「偶然を受け入れ、自由に選択をすることで、日常にはない何かと出会う」
それが、車中泊の本質です。
そんな自由と不安定、不安定と偶然—それらが入り混じる車中泊を、僕は素晴らしいと主張するのです。
いや、それだけではない。
「偶然を受け入れ、自由に選択をする」
これこそが日常であり、人生そのものではないでしょうか。
車中泊は能動的な生との関わり方であるのです。
実のところ、ときおり或る何ものかが、――愛すべき偶然が、われわれと”共に”演奏するのだ。その偶然が、ときたま、我々の手をみちびく。するとどんなに全智の摂理とて、われわれの愚かしい手が奏であげるよりも美妙な音楽を案じだすわけにゆかないだろう。
理想社 ニーチェ全集 第八巻 「悦ばしき知識」二七七
車中泊で僕に起きたこと 「偶然との出会い」
四国で車中泊をしていたときのことです。
四国全てを反時計回りに訪れるつもりでしたが、思ったより四国が大きかったので、諦めました。
そこで、前日居酒屋でお話をした方の出身地へ赴くことにしたのです。
どうやら日本三大秘湯に数えられる温泉があるらしく、非常に楽しみにしながら徳島へと向かいました。
途中でバイパスから離れ、車1台分の幅しかない道を走ること1時間。
「温泉楽しみ!!」膨れ上がる期待とともに、ついに到着しました。
しかし、2月の閑散期ということで温泉は修繕工事をしていました。
それを確認したあと、すぐに来た道を引き返しました。
しかし、笑ってしまった。それはひとりでいる人間として、史上最大の笑いだったでしょう。
偶然という不運が、理解可能な形で襲いかかり、それを僕は肯定的に受け入れました。
僕はそれが嬉しくてたまらなくて、笑ってしまいました。
偶然を肯定することの意味が初めて分かった。
偶然入った居酒屋で、偶然話しかけてくれた方と相席し、偶然その方が温泉を教えてくれ、偶然その温泉が工事中だった。しかしそれらすべての偶然が光り輝いて見えたのです。
僕は青年期からこれまで、いかに自分は否定されるべきか、その証明を続けてきたようなものです。ですが最近、自分を肯定する人間に変わりつつあるように思います。車中泊が解き放った自分なのか、それとも偶然か…
まあそれが良いことなのか、まだ分かりませんが。
おまけ 自分探し
自分探し、自分の変化、これを求めるための旅は良いものか…?
僕の考える結論はこうです。
「自分探しは純粋な感動に絶対勝てない」
最後に (関連記事・書籍)
最後まで読んでいただきありがとうございます。
やや冗長な記事となってしまい申し訳ありません。
次は、車中泊をするきっかけにもなった「大橋裕之」さんの漫画について書こうと思います。
関連記事
初心者を車中泊へと誘うゆる~い記事たちです。
関連書籍
- ニーチェ 悦ばしき知識 (ちくま学芸文庫 ニ 1-8)
- ニーチェ ツァラトゥストラかく語りき (河出文庫 ニ 1-2)
ニーチェは知名度に反して、哲学者に好かれているイメージがありません。
きっと言い当てることを好むせいでしょう。僕はそんなところが好きなのですが。
悦ばしき知識では、神の死が初めて宣告されます。
ツァラトゥストラは言わずもがなニーチェの主著です。寓話的な世界観から彼の思想が染み出してくる。読み進めるのは意外と簡単かもしれませんが、冒頭で語られる通り誰にも読めない書となっています。
- J-P・サルトル 実存主義とは何か 人文書院
実存は本質に先立つ。楽観的なメッセージを僕たちに送ってくれる実存主義ですが、のちに構造主義によって批判されます。
しかしながら、実存主義はとても面白い。
”われわれが選ぶものはつねに善であり、何ものも、われわれにとって善でありながら万人にとって善ではない、ということはありえないのである。”
特に、この一文には惹かれました。
この本は講演をもとに、構成されているので大変読みやすくなっています。
- 大橋裕之 ゾッキA カンゼン
必ず読むように。
